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【無職の日々の面白み。】梅の甘露煮、作ってみたよ。

去年の夏に漬けた梅酒。
漬けたといっても何も難しいことはしてなくて、買ってきたホワイトリカー入の瓶に、買ってきた梅と氷砂糖をぶっこんだだけですが、素人なりにけっこう上手くつかりました。

梅酒そのものは、女子会。のイベントで振舞ったりしてもうあまり残ってないのですが、梅酒の瓶の底にゴロゴロ残っている梅を何かで活用できないかということは、前から考えておりまして。

一度果肉を刻んでホットケーキミックスに混ぜて焼いてみたのですが、果肉に残ったアルコール成分と、ほんのり甘いホットケーキ生地のミックスの相性が微妙で、あまり上手くいかず。

例えるならそう、一口ごとに鼻にぬける、家庭内別居状態の夫婦みたいな気まずさ。
そこにアルコール成分が、ツーンとくる空気を醸し出すという、えもいわれぬ風味・・・・・・・。

そんな失敗をして以来、戸棚の奥に眠らせていた梅酒の瓶ですが、本日ふと思い立って、砂糖水で煮詰める甘露煮にチャレンジしてみました。

ふとした思いつきで、平日の昼間に梅を砂糖で煮詰めることが出来るのも、今だけの特別な時間かもしれない。
そう思うと、なんでもない日常の一コマにも、普段よりちょっと心をかけて丁寧に動きたくなります。

まあ、鍋に水をはって砂糖と梅を入れ込んで煮詰めるだけなんですけどね。

だがしかし、食材といえば「焼く」「煮る」くらいしかしなかった私からして、「煮詰める」という発想とスキルがプラスされたのは、一人暮らし3年目にして大いなる前進です。

さて、お砂糖で照り照りになるまで煮詰めてみた、梅。



一粒とりだして頂いてみます。

「う、うめえ・・・・・」

思わず呟いた一言が、期せずしてサムい駄洒落みたいになってしまいましたが、いやほんと、これが・・・・大・成・功。

甘くてトロリと柔らかくって、イケル
おやつにはもちろん、お酒のアテにも結構イイかも。



成功体験。
まごうことなき成功体験です。

食材を厳選吟味している今日この頃は、自宅で作れる保存食にけっこう興味がありまして、日本の伝統である梅や漬物に、そろそろと手を出し始めております。

今年の夏は、梅以外の果実酒とかも漬けたいと妄想中。





経済がフワフワしてる今だからこそ、、お金がなくても自宅に食べるものがあるという、地にぎゅっと足をつけてるという安心感が嬉しい。
米やお味噌もそうなのですが、これさえあれば生活に重しがドンとある、と思えるアイテムって大切だなと思います。
ちなみに私の母は卵と牛乳がそのアイテムらしく、実家にはその二つがきれることなく常備されています。

自分にとっての生活の重しに具体的なアイテムはないですが、今日みたいにささやかなことが上手くいったりした時の嬉しさが、それにあたるのかもしれません。

生活は厳しくとも、人生は楽しく。

まだしばらく、このギリギリの線の上を生きる毎日は続きそうです。


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2016-03-03 : 無職の日々 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

【無職の日々の面白み。】パンがないならお花を買えばいいじゃない

無職の日々では当然使うお金を節約します。

かくいう私も、食料は見切り品を買ったり、コンビニには寄らずカフェの回数も減らして、出来るだけTポイントを使用みたいなつましい倹約をしているわけですが、一つだけ自分に許している贅沢があります。

それは「花を買う」ということ。

近所のスーパーでざっくりとまとめられている、ひと束数百円の花束を買い求めて、玄関と机に飾る。

花にもよりますが、だいたい1週間は元気でいてくれるし、たまに1ヶ月くらい瑞々しかったりします。

数百円とはいえ、カフェで1回お茶が出来る金額ですから、無職の身には大きなお金です。

でも、部屋に花を絶やさないことの出費や習慣について、「無理をしてる」と思ったことがありません。
(いや、ちょっとはあるか.....)

一人暮らしの暗い部屋に帰って電気をつけた時、書き仕事をしていてふと目をあげた時、部屋の一隅に花があるって、実際気持ちがよいものです。

まあ、お花なんて具体的な生活の助けにならないし、食べられないし、役にもたたないコストがかさむだけの贅沢品ではあります。
無職生活では真っ先に節約しなきゃいけない、無駄な項目かもしれません。

でも、仕事とか経済とか人生とか、色んなことがキュウクツな時こそ、世界と自分との間に一呼吸、無駄なものを挟みたいなって思うのです。

必要にだけ迫られていると、自分の人生が単なる生活として消費されていくだけのようで、うすら寒い気持ちになります。

それに、なんだかよくわからないまま生まれて、わからないなりにこの生をまっとうしなければならない気がしている私にとっては、生きていくのはけっこう大変なことで、息が上手く出来なくなることがしょっちゅうある。

そんな時に一輪の花が、私をギュウギュウ締め上げてくる現実の世界と自分の間で、ホッと一息つける余白をうんでくれる、立派な緩衝材になったりします。

思えば演劇だって、誰かの生活の一輪の花になるために存在しているのかもしれません。

「ささやかだけれど役にたつこと」という、レイモンド・カーヴァーという作家が書いた大好きな短編小説があるのですが、私にとってはお花がまさに、「ささやかだけれど役に立つこと」。



↑の短編集に収録されている短編です。お勧めです。

お金になったり、何か大きな力で人生を救ってくれるものではないけれど、自分の身近に深い息をつかせてくれるものが存在している。

この世界のそういうパーツを信頼して、明日も息をしていこうと思います。

2016-02-04 : 無職の日々 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

【無職の日々の面白み。】真実の断捨離についての個人的考察と見解。

皆様こんにちは。
スピリチュアルな話題がわりと好きですが、霊感はゼロのモスクワカヌです。

さて、継続してます無職の日々。
ダイエットも英語の勉強も三日坊主の私が、なんと約一ヶ月も無職の日々を継続中。

うん。

偉くもないし嬉しくもないですね。

でも、私が自分をすごいと思えるところは、これで実は結構求職活動にいそしんで、いくつか面接も受けていること。

それなのに全て不採用になっていること。

別に就活をサボっているわけじゃないのに、まさかここまでアルバイトすら決まらないとは。

私、すごいっ(血涙)

もう、もうね、私これ物心ついた時から言ってるかもしれないけれど、自分を変えたい。
人手不足のはずの飲食店からすらフラれてる自分をマジでどうにかしたい。
他人様からラブコールを受ける自分にメタモルフォーゼしたい。

そんなわけで、以前から流行の「断捨離」を、今年に入ってからボチボチ実践しております。

ほら、巷では、断捨離すると人生が変わるとか輝くとかなんとか話題じゃないですか。

私もうマジで今自分の人生輝かせたいんで。
シャイニングさせたいんで。

困ったときは神様でも、こんまり様(片付けコンサルタントの近藤麻理恵さん)でも拝むわ





で、自分は物欲はそれほどでもないので、断捨離するものなんてそんなにないと思っていたのですが...断捨離を意識してみたら、これがけっこうある。

自分は特に「衣類を捨てる」のが苦手という事実に気づきました。

箪笥の肥やしとなっている洋服や、いわゆる「若気の至り」的なアレをどんどん袋につめこんで、気がつけばダンボール一杯の古着。

ですが、古いとはいえ穴があいたりしているわけじゃないから、ゴミにだすのは忍びない。

結局自分の罪悪感(貧乏性ともいう)と折り合いをつけるために、電車で2駅のとこにあるH&Mに持ち込んで引き取ってもらいました。

※H&Mでは古着回収サービスを実施していて、店舗まで持参すれば、ブランドに関係なく古着を引き取ってもらえます。詳しくはこちらから。

ちょっと手間はかかりますが、H&Mの割引クーポンがもらえるし、まだ着れる洋服を捨てる罪悪感からは解放されるしで、個人的にはお得感ありです。

それにしても、「捨てよう」と思ってみれば、どれも「何故自分はこんなものを後生大事にとっていたんだろう」というようなものばかり....。

若かりし頃になにかを思って購入したらしい、冗談のようなふわふわピンクのスカートとか、脇も背中もバーンと開いているワンピース等、もう絶対に私の肉体において出番のない洋服まで....。

不要なものを捨てる、という当たり前の行いすら、こんまり様の力を借りないと実行できない私。

当たり前のことでも意識しないと実行に移すのは難しいようですが、ということは逆転の発想で、意識さえすれば行いは正せるのか?

だけど普段、自分のクローゼットの中身を「捨てよう」なんて意識してみないよ....。

そこではたと気づいたのです。

今の自分に不要なものが目の前にあったとしても、自分でそれを「捨てる」「縁をきる」という意識がなければ、不要なものが不要なものに見えない。

なんとなく今日着て外にでれるものだけを適当にチョイスしているうちに、今の自分に合わなかったり役目を終えたものがどんどん溜まっていってしまう.....。

これって、全ての物事についても同じなんじゃないでしょうか。

例えばクローゼットを自分の部屋全体に置き換えたり、自分自身に置き換えたりすると.....。

いーやー!!

あるかもー!死蔵品いろいろ自分自身に埋葬しちゃってるかもー!!


と、怒涛の勢いで反省できます。

しかし真面目な話、目に見えるものさえこうなんだから、目に見えないものは相当不要なもの溜め込んでるんだろーな自分....(遠い目)。

なんて書きつつ、自分のなかの不用品について、実はある程度わかっちゃってはいる。
でもその不用品。あまりに長い付き合いだから、自分の血肉になりすぎてる感があって、洋服を捨てる以上に断捨離が難しい。

洋服は脱げますが、自分の皮膚はぬぐわけにいきませんからね!

それに長い付き合いの不用品は、実家の玄関においてあるダサい置物や、愛は残ってないけど情は残ってる恋人みたいなもの。

大事じゃないけど、慣れすぎてて楽だから捨てるのは抵抗がある。
ここで自分が目をつぶれば、付き合いを続けられないこともない。

....うん、ダメだ。やっぱりこういう言い訳には生産性がないな。

目に見えるものをだんしゃっているうちは、きっとまだまだ断捨離の初心者。

自分の血肉を絶ってこそ、真実の断捨離なのかもしれません。

断捨離だ!!
自分の肉を切って骨も切る勢いで断捨離だ!!

目指せ、メタモルフォーゼ(物理)!!

というわけで、私の「断捨離」は、まだしばらく時間をかけて続きそうです。







2016-01-26 : 無職の日々 : コメント : 1 : トラックバック : 0 :

【無職の日々の面白み。】珈琲一杯分の哲学。

皆様こんにちは。
無職の日々が続きますモスクワカヌです。

そんな私の毎日ですが、今のところ無いのは職だけ。
いっぽうで色んな発見や喜ばしいこと、ささやかな楽しみがあったりして、これはこれで面白味のある日々を送っています。

最近ハマっているのは、「珈琲をいれること」。
これがなかなか、時間をかけると奥の深~い味わいがあるんです。

もともとコーヒー党というわけじゃなくて、水やお茶では物足りない時や、夜に執筆する時に飲むくらい。
今までは手軽に素早く飲める、ということが第一で、家ではもっぱらインスタントコーヒーばかりでした。

ですが、少し前にカルディで試飲にだされたコーヒーがあまりに美味しくて、その場で粉を衝動買い。

引っ越し当初に「なんかカッコいいから」というダメな理由で購入したまましまい込んでいた、無印のドリッパーやらカリタのフィルターを引っ張りだしてコーヒーを「淹れて」みたところ、味と香りのあまりの違いにびっくり。

単なる手軽な飲み物のつもりでコーヒーを飲んでいたそれまでの自分が、生まれ変わる瞬間でした。

「自宅でこんな美味しいコーヒーが飲めるのか!私の知ってる家飲みコーヒーじゃない!これはもはやコーヒーというよりも....珈琲!」

と、謎のテンションがでるくらいの感動。

ですがこのコーヒーの淹れ方、私にとっては地味に手間がかかる作業。

以前の職場は通勤時間の関係もあって、仕事があると行って帰るだけで1日が終わってしまうし、帰ったら帰ったで、慌ただしく明日の準備や生業の仕事をする毎日。

もともとコーヒーを淹れる、ということを息をするような日常に組み込んでなかった私は、気づけば再び、あの感動を忘れてインスタントコーヒーの日常へかえっていました。

インスタントだって美味しいし、執筆中に「今!すぐ!カフェインが欲しい!」という時には、とても便利でお世話になってる。

でも私の場合、それを「美味しいから」「好きだから」と思って飲んでるというよりは、単なる習慣。

考えてみれば、前の職場のこともそうでした。
仕事の内容は嫌いじゃなかったし自分に出来ることだったけれど、いつの間にかやる気があったというより、慣れた場所から動くのが怖いし、面倒臭かったから働いていただけ。

でもそれだと、仕事も日常のクオリティもあがらないんですよね....。少なくとも私はあげられなかった。

「ほんの一手間」にさける時間、気持ちの余裕を持つことが出来ませんでした。

たがしかし、無職となった今。

経済の余裕はさておき、時間の余裕だけは有り余っている私は、最近は毎朝、一杯の珈琲をゆっくり淹れています。

赤いヤカンでたっぷりめのお湯をわかし、その間に、友人から誕生日プレゼントにもらってずっと使ってる北欧柄のマグに、無印のドリッパーとフィルターをセット。

一杯分の珈琲粉を目分量でいれて、沸騰したヤカンのお湯を粉全体にかけまわし、しばし蒸らす。

この時、狭い台所に、芳しい珈琲の香りが広がります。

その後はお湯を少しずつ、何度かにわけて注ぎいれれば、美味しい珈琲が完成です。

陽の当たる窓辺にマグをおいて、いい香りのする湯気があがるのを見るのが好き。

時間をかけて完成させた珈琲をゆっくり味わうという、『暮らしの手帳』ごっこが個人的マイブームです。

「今こうしてる私って、なんか素敵な奥さん風じゃない?......独り身だけど!」

(そう言えば、「素敵な奥さん」に相当する、お一人様のキャッチコピーってなんだろう?)

「武士は食わねど高楊枝」、ならぬ「職はなくてもいい珈琲」。

「ほんの一手間」をかけた朝の一杯の珈琲は、今日も1日どうにかするぜ、という、やる気とパワーとテンションとを与えてくれます。

そんな時間や自分としみじみ向き合うと、それまでぼんやりイメージしていたものが、湯気のむこうに見えてくる。

珈琲一杯を丁寧に淹れる「ほんの一手間」。その手間をかけられる毎日が自分の理想。

それなのに、今まではその理想を日常にするための選択をしてこなかったんじゃないかと。

自分の人生の味付けの仕方について、色んな哲学に思いめぐらせる朝。

ワークとライフのバランスを探るべく、本日も元気に仕事を探していきたいと思います。












2016-01-20 : 無職の日々 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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プロフィール

ものを書く縮小 劇作家のモスクワカヌです。
短編・音楽劇・ラジオドラマ・Webコラム等を書いております。 ペンネームの由来は、以前住んでいた某首都+本名。
演劇ユニット「遊戯ヱペチカトランデ」の主宰もしてますが。団体は現在お休み中です。
HP:「遊戯ヱペチカトランデ」
BLOG:「дача берёза ダーチャ・ベリョースカ」
劇団劇作家所属。劇作家女子会。メンバー
お問い合わせはyugi.mw☆gmail.com(☆を@に変えてください)にお願いします。

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前回の公演

遊戯ヱペチカトランデ
第弍回公演

MGトリコロール縮小
Musical
Mademoiselle Guillotine
~マドモアゼル・ギロティーヌ~

strong>2013/9/5(木)~9/9(月)@日暮里d-倉庫
詳細はこちらから。

過去の公演

公演は無事終了しました。ご来場ありがとうございました。

☆作家/演出として参加。

劇作家女子会×時間堂presents
劇作家女子会!
期間:2013年6月13日(木)~16日(日)
※演劇公演です。
会場:王子小劇場
女子会縮小版 劇作家女子会!HP
劇作家女子会!BLOG
遊戯ヱペチカトランデ公演
「The Giris next Door」
~おんなの子、
藪をつつけば、蛇がでる。~


2011年12/8(木)~12/12(月)
公演の詳細はこちらから。

趣向ワカヌ公演
縲発表表縮小版

「発表~いま、ここ。~」
まだ、ゆれてる。

作/演出
オノマリコ モスクワカヌ
演目/出演
リーディング『いま、ここ』
公演の詳細はこちらから。

蜻蛉玉チラシ完成縮小
「蜻蛉玉遊戯」
2010年9/1(水)~9/5(日)
公演情報はこちらから。

☆演出助手として参加。

2013年3月23日~27日
@座・高円寺
世の中と演劇するオフィスプロジェクトM
「ハルメリ2013」
台本:黒川 陽子
演出:丸尾 聡

2011年8月27日~28日
@スペース・ゼロ
非戦を選ぶ演劇人の会
「核・ヒバク・人間」
構成台本:非戦を選ぶ演劇人の会
演出:鵜山 仁

2011年3月9日~15日
@中野テアトルBONBON
オフィスプロジェクトM
「死刑執行人~山田浅右衛門とサンソン~」
作演出:丸尾 聡

2010年12月
北京蝶々「あなたの部品 リライト」
作:大塩 哲史
演出:黒澤 世莉(時間堂)
詳細はこちらから。

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