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書いてるあいだ。

言葉をかきつらねていくと、自分が窒息していくような感覚におちいることがよくある。
それは苦しいけれど不快なことではなく、でも苦しいので、私は頻繁に文字を書いたり打ったりする手を休めて息継ぎをしなくてはならない。そのたびに思い出すのは「白い紙を100回たたむと月に届く」という話だ。
数学の概念をつかったトリックな言説らしいけど、私は書いている時に、頭のなかでその白い紙をたたんでいる気がする。
たたむ回数が増える度にそれは苦しい作業になるけれど、100回たたんだ時、その苦しい場所から頭のなかの狭い道をつうじて、月に届くことがある。海中深く潜ったら、そこから宇宙にでていたみたいに。
だけどそこまでいくにはなかなか息が続かないので、私は頻繁に息継ぎをして、息をしてしまう。
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2018-11-07 : 創作ノート : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

本日初日! 『絞首台の上のジャーナリスト』創作ノート③

本日初日を迎える一人芝居ミュージカル短編集vol.5。
私が脚本を担当した『絞首台の上のジャーナリスト』は、18時開演の回で上演される。

先日稽古場に見学に行って通しをみせてもらい、その後で俳優と演出家と打ち合わせをおこなった。
私はそれまで、フチーク氏の著作である「絞首台からのレポート」を何度も読んでいたし、彼のプロフィールを知ったうえでフチーク氏が主役の脚本を書き上げたのだが、その時に初めて気づかされたことがあるので書いておきたい。

フチーク氏の著作の中には、以下のような文章がある。
「私は自分の書いたものを、瓶にいれたメッセージのように時の海のなかへ投げ込む。潮の流れがそれを運よくお前の足元に打ち上げてくれるだろう。するとお前は、私達の感情というカビを拭い去ってから、私達という人間のことを書いた過ぎし日の言葉を読むのだ。私達のことを理解するために。私の近しい、そして未知のものよ」(「絞首台からのレポート」225ページ 訳注より)

この、自分の書いたものを瓶にいれた手紙のように時の海のなかへ投げ込む、という、彼の信じるところが現れている文章の良さについての話があった。前回の創作ノート②でも書いたように、「絞首台からのレポート」は様々な人の縁がつなげた奇跡のリレーにより出版され、彼の死後も世界の残る著作となった経緯がある。

そのリレーは今も続いていて、ふとしたきっかけで、極東の、現代の私達がバトンを受け取り彼の著作と人生とをミュージカル化した。彼がその文章で呼びかけた「私の近しい、そして未知のもの」に、今自分たちがなっていることの不思議について話していた時、演出家の薛さんの言った「日本はナチスドイツ側の国だったのに」という言葉に虚をつかれた。

そうだった。日本は当時ナチスドイツの同盟国であり、自分はフチーク氏を死に追いやった国、彼の敵側の未来の国民なのであった。
恥ずかしながら演出家に言われるまで私はまったくそのことに気が付いていなくて、自分の不明を恥じるばかりなのだが、それと同時に「フチークにやられた!」という愉快な気持ちにもなったのである。
だって、そうであれば今回一人芝居ミュージカル短編集に取り上げられて彼の人生のエッセンスが上演されることは、彼の信じたことの、書いたものの、偉大な勝利ではないかと思えるからだ。

彼の生命が生きた時代では、時の権力は彼を愚かな反逆者、処刑される敗者としてあつかい葬り去った。
ところが彼の書いたものは世界に残って、「自分が書いたものをいつか誰かが読んで、自分たちを知ってくれるだろう」という彼の信じたことは実現しつづけている。

その本は世界中で翻訳され、かつて自分を処刑した側の敵の同盟国の未来にも届いて、死後数十年たった後にミュージカルという形にもなった。

人間は、こんなにスケールの大きな勝ちかたをすることもできるのだ。

そうフチーク氏に思わされて、そのことに、なんだかとても胸のすく思いがしたのだ。
たとえ自分がそういった勝利をおさめるがわの人間じゃなくても、人間にそういった可能性がある、そう知れることはとても気持ちがいい。

それにしても、私は自分がユリウス・フチーク氏を取り上げたつもりでいたのに、なんだかフチーク氏の「勝ち」に一役買ってしまったような感じである。今回の脚本を書いた主体が、自分だと思っていたのにそうではないような…。

だけどこういうことは、最近脚本を書く時に時々おこる。自分が「書こう」と思ってそちらへ向かっていくのではなく、書くものや相手が向こうから訪ねてきてくれたから形になるようなことが。
そんな時、私は自分が「書いた」というよりも、「手を選ばれた」ような感じがする。無から有を創作したのではなく、この世界にもとからあったものが見える形(この場合は脚本)になることに力を貸したような気がする。

「絞首台の上のジャーナリスト」も、書いている間は気づかなかったけれど多分そういう脚本だったのだ。
人間に魂というものがあればよいなと思う。魂があれば、ユリウス・フチーク氏は私達のことを知ることができるし、自分の勝ちを知ってきっと笑うこともできるからだ。

魂というものが存在するかはわからないけれど、今日から彼の人生を、今を生きる俳優が演じて生きるし、演出家、音楽家、大勢のスタッフ関係者の力で、ほんの一欠けらの断片ではあるが、70年以上前に亡くなった人間の生き様をひと時、舞台のうえに蘇らせる。
その時間を大勢のお客様と共に過ごして、彼が遠い過去から呼びかけた「私の近しい、そして未知のもの」が増えていくのだろう。
彼が書いて時の海に投げ込んだ手紙は、これからも届き続ける。

私も気づけば彼の奇跡にのリレーに巻き込まれた一人になったので、いい走者であれたらいいなと思っている。
『絞首台の上のジャーナリスト』、ご観劇頂ければ幸いです。



一人芝居ミュージカル短編集vol.5
『絞首台の上のジャーナリスト ~「絞首台からのレポート」よりユリウス・フチークによせて~』
音楽:伊藤靖浩
演出:薛珠麗
出演:金子大介(アンダーキャスト:清水幹王)

【上演日時】※他作品と同時上演になります。
4/22 18時
4/28 18時
4/30 18時
5/3 14時

【会場】
高円寺K’s スタジオ本館B1

【チケット】
4000円
ご予約はこちらから→https://ticket.corich.jp/apply/90821/

公演全体や他作品の詳細につきましては、こちら(https://note.mu/rickytickyasu/n/n099638878305)からご確認くださいませ。

2018-04-28 : 創作ノート : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

『絞首台の上のジャーナリスト』創作ノート②

一人芝居ミュージカル短編集vol.5の題材にユリウス・フチーク氏を取り上げると決めてから、最初にしたことは彼の著作である「絞首台からのレポート」を読み直すことだ。

一人芝居ミュージカル短編集では毎回実在の人物を題材にした脚本を書くので、その人物についての評伝や資料、本人の書き残したものがあればそういった著作も出来る限り読むことにしている。
これまでに書いた人物はO・ヘンリー、ガガーリン、宮沢賢治で、いずれも著名で資料に事欠かない人々だった。

が、ユリウス・フチークについて、日本語で読める資料はとても少ない。
ナチスドイツに抵抗した共産党員のジャーナリストとして、元社会主義国では彼の「絞首台からのレポート」が課題図書のような扱いをされていた時代もあったようだが、日本ではほとんど馴染みも知名度もない人物といっていいと思う。

なので今回は、手元にある「絞首台からのレポート」を繰り返し読んで、この本の文章から受け取れる彼という人物のエッセンスを抽出しようと努めた。
「彼について書こう」そう思ってからあらためて読むと、最初に読んだ時には気づかなかったこと、読み飛ばしていたこと、フチーク氏の文章の美点や人となりが見えてくる。

「絞首台からのレポート」の成り立ちは変わっている。
ユリウス・フチークは、ゲシュタポに逮捕されて囚われていた獄中でこっそりとこのレポートを書いて、看守の協力を得てそれを外に持ち出していた。原稿はすべて隠されていて、戦後にそれが奇跡的に奥さんの手にわたり出版されるのだが、彼が獄中で原稿を書けたこと、命をかけて協力してくれた看守がいたことで外に持ち出せたこと、戦後に生き残った奥さんと看守が出会い遺稿が無事に手渡されたこと…このレポートが一冊の本になるまでには、奇跡のリレーが途切れずに続いている。

看守が裏切れば、あるいはフチーク氏への協力がゲシュタポに見つかれば、奥さんが生き延びなければ、生き延びてもフチーク氏を探して看守と出会えなければ、レポートは散逸してしまい形にはならなかっただろう。
「絞首台からのレポート」は本にならず、もちろん翻訳もされず、フチーク氏が亡くなってから何十年も後に遠い外国で、私が彼の文章を手に取ることもなかったわけである。

ナチスドイツ占領下の時代と国、さらにゲシュタポに囚われた状況で、看守が裏切らないこと、ゲシュタポに見つからないこと、奥さんが生き延びること、獄中で書いたレポートが本になって出版されること。これだけの奇跡を信じることは容易なことではない。
でも文章を読む限り、フチーク氏は自分の文章が後世に残ること、それも自分が生きた時代より、よくなった世界で読まれることを信じていたと思うし、自分が死んだ後も残る文章には、家族や友人への愛情や信念と勇気、自分のなかの一番よい部分を書き残すように努めていると思う。

レポートには泣き言も繰り言もなく、ナチスへの恨み節すらない。
囚人に辛くあたる看守や所長を皮肉っぽく描写していても、それはジャーナリストしての観察眼からくるもので、ユリウス・フチークの私怨といったものが見当たらないのである。

死を待つ牢獄で、ユリウス・フチーク氏の胸中に恐怖や葛藤がまったくなかった、とは思えない。
眠れない夜や拷問でうけた苦しみ、憎しみ、共産党員となったことやナチスに抵抗したことを後悔した瞬間だってあったかもしれない。しかし彼は、いつか妻や未来の人々が読むと考えたレポートには、そういった感情を書き残さなかった。
囚われの身の上や拷問の内容さえ、親しい相手へ日常の様子を書いて送る手紙のような文章でつづられていて、時代も国も遠く隔たった私にすら親しみ深い調子で語りかけてくる。

英雄でも悲劇の主人公でもなく、困難な時代のなかで自分が正しいと思う生き方をしたジャーナリスト。
彼が特別だったのは、人類の未来へ希望をもつ力、よりよい未来へは自分という人間のもっともよい部分だけ残そうとした意志の力の強さだったと思うし、その力こそ、このレポートが読み継がれてきた理由なのだと思う。
ナチスへの抵抗の記録、珍しい獄中記としてだけではなく、このレポートの存在そのものが、戦争と占領という厳しい社会情勢のなかでも、ヒューマニズムが息づき実践された証だ。

だから「絞首台の上のジャーナリスト」では、ユリウス・フチーク氏を特別の勇気や信念をもったレジスタンス、不正や悪と戦う革命家としてというよりも、彼が未来へ、生き残る人々へ抱いた希望、最後までもっていた世界への信頼を書きたいと思ったのである。




一人芝居ミュージカル短編集vol.5
『絞首台の上のジャーナリスト ~「絞首台からのレポート」よりユリウス・フチークによせて~』
音楽:伊藤靖浩
演出:薛珠麗
出演:金子大介

【上演日時】※他作品と同時上演になります。
4/22 18時
4/28 18時
4/30 18時
5/3 14時

【会場】
高円寺K’s スタジオ本館B1

【チケット】
4000円
ご予約はこちらから→https://ticket.corich.jp/apply/90821/

公演全体や他作品の詳細につきましては、こちら(https://note.mu/rickytickyasu/n/n099638878305)からご確認くださいませ。

2018-04-23 : 創作ノート : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

『絞首台の上のジャーナリスト』創作ノート①

明日22日にプレビュー初日をむかえる新作。『絞首台の上のジャーナリスト』は、「絞首台からのレポート」という著作を主な参考図書として書き上げた作品になる。
レポートの著者であり、『絞首台の上のジャーナリスト』の題材でもあるユリウス・フチークは、ナチス・ドイツ占領下のチェコで、共産党中央委員会のメンバーとしてレジスタンス活動を行い、逮捕された人物だ。
彼がナチス・ドイツに逮捕された後で収容所のなかで密かに書き残し、協力的な看守の手で奇跡的に外部へ持ち出され、後世へ残る書物になったものが「絞首台からのレポート」である。

今、私の手元にある「絞首台からのレポート」は、おそらくもう5年程前に、新宿西口の地下でたまに開催されている、古本市で購入したものだ。
古本市など見かけると、何か面白い本や気になる本との出会いを求めてついふらっと立ち寄ってしまうことが多いのだが、運命を感じる出会いというのはそうそうないので、だいたい何も買わずに終わってしまう。
ただ、その時はこの「絞首台からのレポート」というタイトルか、表紙にのってる本の概要にひかれたのだと思う。正直ものすごい運命を感じたかどうか覚えていないのだけれど、とにかく私はその本を、古本の山から掘り出して購入した。

そして購入したはいいものの、よくあることで、私はその本をすぐには読まなかった。
私は読書が好きだけれど、本をよむという行為には、その時の私の気分や本との相性、タイミングというものが大切で、「絞首台からのレポート」は、買ったはいいけれどその後すぐすれ違ってしまったのである。

今思えば、私がそのレポートを読むタイミングは「その時」ではなかったのだとも思う。もし買ってすぐ読んでいたら、私はその本をこんなに長く持っていなかったかもしれないし、そしたら一人芝居ミュージカル短編集の題材に、ユリウス・フチーク氏を選ぶこともなかったと思うからだ。

結局長い間「絞首台からのレポート」は本棚に埋もれっぱなしで、ようやくちゃんと通しで読んだのは2年前くらいだ。
ナチスにつかまった後、凄まじい拷問を受け収容所の劣悪な環境に囚われながら、家族や奥さん、まだ見ぬ未来の人々への愛情を忘れず、自分の拷問や収容所での生活も、湿っぽさや悲壮感のない冷静でユーモアすらある筆致で描写する力、自分のレポートが外の世界で、未来で読まれることを信じて希望する力、敵への憎悪や自分の闘いの英雄的側面ではなく、素朴な人間への愛情と信念。文章から立ち上がるユリウス・フチークという人物は、とても好ましく思えた。

ただ、その時点で彼を題材にした戯曲を書きたいと思うほどの強烈な印象を受けたかといえばそうでもなくて、快い読書体験のうちの一つにはなりつつも、レポートはつつましく本棚に戻されたのだった。
それでも、2回の引っ越しの時にその本を断捨離せずにいたのは、無意識のうちに何かの縁を感じていたのかもしれないと思う。

一人芝居ミュージカル短編集vol.5に脚本家として参加することになり、題材となる人物を決める時。
ふとユリウス・フチークの名前と彼の著作を思い出した。思い出す、というよりも、浮かんだというほうがしっくりくる。
思い出すという言葉にはどこか自発的な意志の力が宿っているように感じるが、ユリウス・フチークに関しては、自分では知覚できない無意識の力が、川の流れが水底の小石を岸におしあげるようにして私の意識に浮上させた感が強いからだ。

何年も前に著作とは出会っていながら、ここにきて初めて、脚本家の私と、題材となるフチーク氏とのご縁が始まったのである。

出会ったタイミングがイコールその相手との縁が始まるタイミングではないことを、若い頃はよく知らなかった。
だけど出会った時には強い印象を残さなかったものが後年、脚本の題材はヒント、あるいはキーポイント的な要素となることは往々にしてある。
今は経験上それがわかっているので、私はなるべくインプットが出来る時期は、雑食気味に色んな本や舞台や映画にあたるようにしていて、月に一度は行ったことがない場所へ行くことも心がけている。(いつも出来るとは限らないけど…)

ちなみに、かといって私は「いつか書く脚本」のために今を生きているわけじゃない。
これは最近気が付いた、というか実感していることなのだけど、「未来」よりも何よりも先に、自分には「今」がある。
「いつかの〇〇のために今こうしよう」という考えは備えあれば憂いなしにもつながるし、未来予想図を描いての人生設計は必要だけれども、基本的には「今この時」よりも「未来」を優先しているので、そればっかりだと「今」をないがしろにしてしまうことになる。

「今」をないがしろにした先には「未来」がない。本当にない。

これは夢見がちで空想にふけることがクセで、散々「今」より「いつか」を優先してきた私の実体験による苦い教訓でもある。
なので矛盾するようだけど、私は最近あまり「いつかこれを書こう、そのためにはこの資料だ」とか、「いつか〇〇で仕事をするためにこれを読んどこう」とは思わずに、今自分が面白いと思ったものを味わうことや、今自分がすることに集中しようと努めている。
でもこれが結構難しくて、油断するとすぐに未来を過剰に思い煩ったり、ありえない空想にふけったり、「あれもしなきゃこれもしなきゃ」で心が追い立てられるので、大変である。

ちょっと横道にそれたけれど、そんなわけで『絞首台の上のジャーナリスト』の題材、ユリウス・フチーク氏とは、何年も前に出会っていながら微妙にすれ違いつづけ、今このタイミングで劇作の縁ができたところなのである。

彼を書こうと思って、私は一度読んだまま本棚にしまいっぱなしだった彼の著作を、あらためて読み直すことから始めたのだった。

2018-04-21 : 創作ノート : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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プロフィール

ものを書く縮小 劇作家のモスクワカヌです。
短編・音楽劇・ラジオドラマ・Webコラム等を書いております。 ペンネームの由来は、以前住んでいた某首都+本名。
演劇ユニット「遊戯ヱペチカトランデ」の主宰もしてますが。団体は現在お休み中です。
HP:「遊戯ヱペチカトランデ」
BLOG:「дача берёза ダーチャ・ベリョースカ」
劇団劇作家所属。劇作家女子会。メンバー
お問い合わせはyugi.mw☆gmail.com(☆を@に変えてください)にお願いします。

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前回の公演

遊戯ヱペチカトランデ
第弍回公演

MGトリコロール縮小
Musical
Mademoiselle Guillotine
~マドモアゼル・ギロティーヌ~

strong>2013/9/5(木)~9/9(月)@日暮里d-倉庫
詳細はこちらから。

過去の公演

公演は無事終了しました。ご来場ありがとうございました。

☆作家/演出として参加。

劇作家女子会×時間堂presents
劇作家女子会!
期間:2013年6月13日(木)~16日(日)
※演劇公演です。
会場:王子小劇場
女子会縮小版 劇作家女子会!HP
劇作家女子会!BLOG
遊戯ヱペチカトランデ公演
「The Giris next Door」
~おんなの子、
藪をつつけば、蛇がでる。~


2011年12/8(木)~12/12(月)
公演の詳細はこちらから。

趣向ワカヌ公演
縲発表表縮小版

「発表~いま、ここ。~」
まだ、ゆれてる。

作/演出
オノマリコ モスクワカヌ
演目/出演
リーディング『いま、ここ』
公演の詳細はこちらから。

蜻蛉玉チラシ完成縮小
「蜻蛉玉遊戯」
2010年9/1(水)~9/5(日)
公演情報はこちらから。

☆演出助手として参加。

2013年3月23日~27日
@座・高円寺
世の中と演劇するオフィスプロジェクトM
「ハルメリ2013」
台本:黒川 陽子
演出:丸尾 聡

2011年8月27日~28日
@スペース・ゼロ
非戦を選ぶ演劇人の会
「核・ヒバク・人間」
構成台本:非戦を選ぶ演劇人の会
演出:鵜山 仁

2011年3月9日~15日
@中野テアトルBONBON
オフィスプロジェクトM
「死刑執行人~山田浅右衛門とサンソン~」
作演出:丸尾 聡

2010年12月
北京蝶々「あなたの部品 リライト」
作:大塩 哲史
演出:黒澤 世莉(時間堂)
詳細はこちらから。

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