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人生初沖縄、島めぐり備忘録。

趣向ジュニアの『大阪、ミナミの高校生1.2.3』沖縄公演のクラウドファンティング担当兼当日お手伝いとして、沖縄にいってまいりました。私、人生初沖縄です。
沖縄行きの主な目的だった演劇についての諸々はあらためて記すとして、とりいそぎ、ライトな沖縄備忘録をブログにまとめておきます。

えーまず私、人生初沖縄でいきなり那覇警察署にお世話になるハメに…。
別に反社会的行為を犯したわけではなく、打ち上げの後、タクシーに携帯忘れただけなんですけれども。
すぐに気づいてタクシー会社に電話をいれてもらったのですが、運転手さん、すでに警察に届けてくれた後というわけで、公演の千秋楽翌日に、朝一で那覇警察署に行ってまいりました…。

その後、趣向ジュニア主宰のオノマリコさん、制作の蘭子さん、照明の井阪さんと私の公演後の居残り組でレンタカーを借りて、沖縄の大地へ繰り出します。
オノマリコさんのリクエストで、まずは世界遺産の勝連城跡へ向かうことに。

オノマリコさん「私、城の跡とか好きなんです。スマホに城攻略アプリもいれてます!」
井阪「城攻めですか」
蘭子さん「城攻めですね」

ちなみに私、城にはなんの興味もなし!
ですがこの勝連城の跡、シンプルですが、やはり世界遺産というだけあって趣があり。
分厚い城壁が崩れた後を、延々頂上まで登っていくのですが、神事に使用された木やガマ、飛び石等が未だに残っていて、同じ場所を数百年前の人々が行き来していたことを考えると、なんだか不思議な厳粛な気持ちになります。



写真は世界遺産の頂上で風をあびることに夢中の自分。
厳粛さのカケラもありません。
頂上、ロケーションよかったのですが、マジですごい風でした。



城を攻めた後は、勝連城跡の近くにある売店兼事務所みたいな建物のなかに広告がでていた、「古民家食堂てぃーらぶい」でランチをすることにしました。てぃーらぶい、は沖縄の言葉でひなたぼっこを意味するとのこと。
浜比嘉島の、狭い路地の奥にあるお店なのですが、こちらとても素敵でした。





入り口。

本当に沖縄の古民家にお邪魔してご飯をいただく気分になれる店内。

モスクワカヌ「このメニューにあるオバマってなんでしょう?」
井阪さん「オバマ?」
モスクワカヌ「沖縄だからアメリカとの関係で元大統領の名前が書いてあるんでしょうか?」
オノマリコさん「これオバマじゃないよ、オバアだよ!オバアがメニュー紹介してくれてるんだよ!」
井阪さん「こういうところか…」

だってオバマって見えたんだもん…。



ソーキ定食はボリュームたっぷりで大変美味でした。もずくがやたら美味しい。もずくの炊き込みご飯美味しい。
食事中、お店にある三線の弾き語りが始まって、いいタイミングでこれたなあ…と嬉しくなります。




こちらはデザートのぜんざい。かき氷を逆さまにしたようなスタイル。
ちなみにこちらの島では、「決まった年の決まった日に、その時〇〇才のご長寿をオープンカーにのせて島を練り歩いて祝う」という風習があると写真つきの記事で紹介されていたのですが、写真のオープンカーが、どう見ても軽トラ…それも、パチンコ店の開店祝い的な飾り付けをされた軽トラ。手作り感満載。
オープンだけど、荷台オープンなカーだけど。

井阪さん「これ、荷台のところにご長寿さんのせるのかな…」
私「荷台ですよね、きっと」
井阪さん「やばい、俺このイベントをみるためだけにまたこの島に来たい」

ランチの後は、車で沖縄の島をめぐります。

蘭子さん「すごい!海が青い!砂浜が白い!日本海みたいに暗くない!私の知っている海と違う!」
オノマリコさん「海が臭くない!太平洋育ちだけど、私の知っている海とも違う!」

テンションのあがる女子たち。
海もですが、沖縄の植物も、関東とはまったく違った勢いがあって、緑が濃いです。
途中、伊計ビーチというビーチに入れたので、そこで車をとめてビーチを歩きます。シーズンオフなので人影少ないですが、泳いでいる人もいたりして、沖縄の海開きの早さを実感。
海の水、さすがにすごくきれいでした。



海に来たら最低でも足はつけます。

その後、ちょっと遠いですが行けそうだということで、「ひめゆりの塔」へ。
向かいだしてすぐ雨が降り出し、途中嵐かと思うような大雨に。これから向かう場所のことを考えて車中で少しセンチメンタルな気持ちになります。

「ひめゆりの塔」では写真はとりませんでした。
天気が悪く、雨が降っていたせいかもしれませんが、場の圧というか、目には見えない場所の記憶のような、重さがすごい。
戦中、負傷者や看護師たち、そして彼らの手助けに駆り出された学徒達が実際に身を潜めていたガマ(洞窟)がそのまま残る、今は綺麗に舗装された記念公園に献花をしましたが、そのガマが、想像していたような横穴ではなく、かなりの縦穴。
「こんなところに負傷者を運び入れたら、もう出てこれないよな。健康な人だって、よじ登るのが大変そうなのに」と思いましたが、この墓穴のようなガマが病院ということにされて、時代を隔てた私が見たら、どう見ても病院にも基地にもシェルターにもならなそうなそのガマで、たぶん色んな明るいことを信じて働いていた人たちが数十年前に実在していたことが、とてもやるせなくなります。

同時に、「これは〇〇だ、〇〇と思って〇〇しろ、と言われても、自分が違うと思ったら、それは違うのだ。だけど、その違うと思えることや、違うと思った時に自分の感覚を信じて行動することが、どこまで私に出来るだろう」とも思いました。

遅い時間に到着して資料館に入れなかったのが心残りだったので、この場所にはあらためて来たいと思います。
同時に、こういう悲しみの記憶がそこかしこに残る土地とそこに住む人々が、いまだに蔑ろにされていることが、そして蔑ろにすることがごく自然になっているのが、やはり不思議だし、おかしなことに思えます。

その後、道の駅で黒糖を買ったり、海の見えるカフェに行ったら営業してなかったり、そのカフェの前でオノマリコさんと「パンケーキ食べたい」を歌ったら沖縄の最後の食事がステーキになったりしつつ、那覇空港へ。

オノマリコさん「パンケーキ食べたい♪パンケーキ食べたい♪」
私「ステーキも食べたい♪」
オノマリコさん「パンケーキ食べたい♪パンケーキ食べたい♪」
私「ケーキとセットでもいい♪」

ちなみに沖縄、ステーキが安いです。
肉が安いという理由だけで移住したいくらい…。(ただ、他の物価はそんなに安くないのに賃金が低いので、貧困率は高い)

そして那覇空港から飛行機に乗り羽田へ帰着したのですが、飛行機のフライトが悪天候のせいか遅れたために終電がギリギリで、最後の直線をダッシュしたオノマリコさんは終電に乗れたのですが、一緒に帰っていた私は飛行機が怖すぎて服用していた薬のせいもあり走れず、置いていかれた結果終電を逃し、さらにタクシーも捕まらなくて夜の横浜を延々歩くという、最後の最後にウソのようなアドベンチャーが。沖縄公演全てを通じて、この荷物持って深夜の横浜えんえん歩くのが一番疲れました…。

ちなみにその後、多量の精神安定剤でラリったままタクシーを捕まえて帰宅して寝こけていたところ(このあたり記憶なし)、今度は私からの連絡が途絶えたことにテンパったリコさんが私の帰宅に気づかず、行方不明と勘違いして修羅場を迎えていたらしいのですが、それはまた別の話ということで。
あ、リコさんからはちゃんと「置いてってごめんね」という謝罪がありました。
あと私的にはウケタのでもうあんまり怒ってないです。

結論、沖縄また行きたい。

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2019-03-29 : : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

イノシシ丸ごと一頭食べちゃおう会に参加してきました!その2【とよたまちさとミライ塾2015レポ】

イノシシ丸ごと一頭食べちゃおう会に参加すべく、愛知県は豊田市足助にやってきた私。

親切な足助の人に地図やお茶やお菓子を頂いて、会場である「塩の道づれ屋」さんへ到着しました。

ここから、イノシシの解体とシシ鍋の実食が始まるのですが、人によってはちょっとグロく感じられるイノシシの写真もあるかと思いますので、続きは追記に書かせて頂きます。

大丈夫という方は、追記からレポをご覧くださいませ。

続きを読む

2015-10-30 : : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

初めてのあいのり。衝撃の展開。

※今回の記事は限りなくノンフィクションですが、人物特定を避けるためのフェイクありです。

ちょっと前のお話なのですが、今夏、大阪へ行く機会があり、「notteco のってこ」という相乗りサイトを使って、車で東京から関西を目指しました。

「notteco のってこ」は、相乗り相手を見つけるマッチングサイト。

高速代をワリカンしたいドライバーと、移動費を抑えたい乗りてとの、ビジネスライクな出会いの場です。

サイトにドライバーとして登録した方は、自らのドライブ予定ルートと同乗可能人数、ワリカンしてほしい高速代等を書いて掲示板で募集をかけ、乗りてとして登録した側は、それを見て自分の目的地や予算が一致した人に相乗りを申し込むシステム。

ニックネームでの登録が可能なので、最後までお互いの本名を知らないことも起こりえますが、ドライバーとして登録される方は免許証の提出(任意)があり、提出の有無がサイト上でわかるようになっているので、乗りてがドライバーを選ぶ目安に使えます。

今回、東京から大阪への片道だけ、このサイトの相乗りを利用したのですが、なかなか面白かったので、その顛末について書きたいと思います。

まず「のってこ」のメリットですが、とにかく安い

走行距離やドライバーの値段設定によるところが大きいのですが、深夜バスの最安値の半額以下で、大阪まで行けちゃいました。

ちなみに究極の移動費節約方法はヒッチハイクですが、ヒッチハイクはお金を節約したい人ではなく、人間が好き、かつ運のいい人がやるものだと思います。

私、ヒキはわりとよい方なのですが、人間が特に好きではないのでむきません。

もし当ブログをご覧になっている方の中に、人と話すのは好きじゃないし、どちらかと言えばヒキが悪いほうだけど、お金は節約したいからヒッチハイク、なんて考えてる人がいたら、全力でとめます。

閑話休題。

デメリットは、時間がかかること、緊急時の保証がないこと。

待ち合わせがうまくいかなければアウトだし、今回、東京から大阪までにかかった時間は約10時間。

そして一番のネックが、ドライバーの方が高速代のワリカン以外の意図を持っている可能性があることです。

今回もドライバーを選ぶ際に、免許証を提出されてる方を選んで相乗りを申し込み、途中までは何事もなかったのですが・・・・。

事件は、パーキングエリアで起こりました。

トイレ休憩の後、車内でなんとなくお互いの仕事の話になった時のことです。

ドライバー「僕、コピーライターの仕事してるんです。商品のキャッチコピー考えたりとか・・・・」
私「へえ。私も文章書く仕事してます(コピーライターって自分で名乗る人間胡散臭いわ・・・・)」
ドライバー「それで、自分の文章の修行のためにも、色んな方に書いたコピーを読んでもらってまして・・・」

ザワ・・・ザワ・・・・

ドライバー「是非ご感想をいただきたいんですけれど・・・」

その言葉と共に、ドライバーがおもむろにカバンから取り出した、手作り感あふれる冊子。

で、でたー

ア○ウェイ

ドライバー 「この商品のコピーとか、どう思います?」

どうって・・・どうって・・・アム○ェイとしか・・・・

紙面に踊る、
「完全紹介制」
「あなただけの権利」
「特別価格」
etcetc・・・・・ の、こうばしい字面。

ドライバー「興味とかわく感じですか?」(チラッチラッ)」

くっ・・このドライバー・・・コピーに感想とか言って、これを糸口に勧誘する気満々だな・・・・

しかし、相手もなかなか巧みです。
表向きはあくまで彼のつくったキャッチコピーへの感想を求めるスタイル。
直接的な勧誘ではないため、頭から断りづらい。

それが相手の狙いなのでしょう。

しかし、そうは問屋がおりません。

何を隠そう、丸顔の地味顔のせいか、この手の勧誘にはめちゃくちゃ声をかけられる私。

ですが私、意外と断れる人なんです。

美顔器、エステ、手相に宗教。
ありとあらゆる勧誘に、NOと言って生きてきた(ルミネのキャッチコピー風)


さらに言うなら、私も作家の端くれ。
講評や感想は、もらうのも言うのも慣れています。

感想が欲しいなら、好きなだけくれてやるわー

私「そうですね。全体的に写真が多いのとフォントが大きいのが読みやすくて、レイアウトはいいと思います。ただコピーと商品の説明文のところは価格や効果とかの知りたい情報が曖昧で、大げさな表現は多用されていますが、落ち着いてよく読むと裏付けのうすい情報しか得られない感じです。なのでもう少し色々具体的に書いた方がいいんじゃないでしょうか。あと1月のお小遣いが100万とか、桁は大きいけれど現実味にかける数字はコピーとしては逆効果かなーと思いますし、数字をだすなら根拠を明記しないと片手落ちな印象です」

まず褒めてから批評する。
戯曲の講評でよく使われるリズ・ラーマン方式をアムウェイの紹介文へ駆使して添削する私。

セールスなど無駄無駄無駄無駄ァーッ

かくして残りの行程は、しつこい勧誘をされることもなく、平穏無事に終了したのでした。

相乗りに必要なのは、

少しのお金と多めの時間、そして何よりNOという勇気である、と学んだ初相乗り体験。

ア○ウェイ体験のせいで万人にオススメは出来ませんが、相乗り、本当に安かったので、近距離の移動であれば、また使ってみるかもしれません。
2015-10-03 : : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

ロシア旅行記、最後の日。赤の広場で全力疾走!

ロシアの旅。
最後の日は、赤の広場とグム百貨店へ。

赤の広場は、今こそロシアの革命や共産主義時代の象徴のように思われていますが、ガイドさんいわく、元々そうした意図はない広場だったそうで、「赤の広場」とは要するに「美しい広場」という意味だそうです。

ロシアでは美女のことを、「赤い女性」と言ったりするそうな。





こちらは広場にあるワシリー寺院。

この赤の広場も、子供の頃何度も訪れた場所ですが、あの頃よりも少し小さく見えます。



大人の目線だと広場の端から端まで見渡せますが、子供の目線だとそれが見えなかったせいかもしれません。



レーニン廟。レーニンさんのミイラがいるところ。この日は中には入れず。



レーニン廟の裏にある、スターリンの墓。



広場の端っこにある可愛い教会。
ソビエト時代に1度壊されたけど、エリツィン時代に再建されたとか。
イースター終わりのミサをやってました。



ところで私、本日この広場でやってみたいことがありました。
それは・・・・

赤の広場を端から端まで、全力疾走すること。

何故かと聞かれても分かりません。
とにかくやりたくなったのです。

やりたいのなら、やらいでか。

が、他のツアー客と一緒にいる間には叶わないので、グム百貨店での自由時間を狙います。

高級ブランドばかり入っているグム百貨店では、懐かしのマロージナ(アイスクリーム)を頂きます



日本のアイスと少し食感が違い、シャリシャリ感があるのですが、美味しいです。

そして待ちに待った自由時間。
百貨店をでて、赤の広場の端にスタンバイする私。
タイムもちゃんと測ります。



いざ、赤の広場を全力疾走、スタート

走り出して、すぐ気づきました。

走りづらっ

そう、私は意識していませんでしたが赤の広場は舗装されたアスファルトではなく、歴史のまにまに大勢の人に踏まれてきた不揃いな石畳。

足への負担が半端ありません。
ぶっちゃけ、痛い。
舗装されたアスファルトに優しくタッチされることになれた足の裏と、運動不足の足の筋肉にビシバシ響きます。



ですがここで立ち止まっては、赤の広場を全力疾走で横断したことにはなりません。
そのまま走り続けます



45秒で、広場の真ん中くらいにあるレーニン廟を通過っ
だいぶ遅いぞ

観光客の団体やら自撮り棒トラップをかいくぐり、走る走る

このなんの意味もないチャレンジが気持ちよいのだー

広場を走っていくと、視界のパノラマが刻刻と変化していきます。
連なる赤い壁、鐘楼、すぐに天気の変わる灰色の空と、雲の隙間から見え隠れする光線。霧のような雨。

広場にはたくさん人がいるはずなのに、1人きりで走っているような気がします。

そして私は、時々自分の人生に訪れてくれるこの、「わたしひとりっきり」という感覚がとても好きです。

走り続けて、広場の端っこ、ワシリー寺院に到着

タイムは・・・・1:53

ハアハア・・・・・。
足は痛いし息は切れるしで疲れましたが、やりたいことをやった充実感に包まれます。



とにかく自分は一生に1度は、赤の広場を全力疾走で横断したのだ、という歴史の1ページを胸に刻み、集合場所へ。

百貨店ではろくに買い物しませんでしたが、よいのです。
ほら、ものより思い出って言うし。

それから空港に向かい、個人的に地獄の8時間フライトを経て、無事に日本に到着。

今回の旅行中に1番死ぬかと思ったのが、行き帰りの飛行機の揺れだよ・・・・

ロシアへの旅、20年前の印象で治安など考えてツアーにしたのですが、実際に行ってみたら治安もよくなってたし(日本と比べたらそりゃ悪いけど、昔みたいに市内を野犬の群れが走ってたり、外国人に一族郎党で飛びかかって身ぐるみはがす系ジプシーがいたり、地下鉄のエスカレーターを酔っ払いが落ちてきたりしなかった!)ホテルも外資系の気楽なところあるし、ご飯も美味しいしでかなりのイージーモード。街中で英語がろくに伝わらないことだけは痛いですが。

だから次はロシア語を復習して、行き帰りの足もホテルも自分で手配して再訪したい

私は国籍は日本だし、日本で暮らしてる期間のほうが全然長くて、豊かな四季や清潔さ安全さといった日本のいいところも、お体裁ばかりでどうかと思うところも、ロシアより全然知ってると思います。

それでも、理屈とか正しさとか現実的な諸問題ぬきにしたら、ロシアのほうが呼吸が楽なのは何故なのか。

本当は、日本でも同じくらい深呼吸できる自分になれるのが1番なのでしょうけれど

帰国して20数年、いまだにその日は来ず・・・・

飛行機さえ・・・・飛行機にさえ乗らずにすむのなら・・・・給料つぎこんででももっと頻繁に行きます、ロシア。

というわけで、次回はシベリア鉄道でモスクワを目指す予定です。

モスクワカヌ、シベリア鉄道の旅。

誰かスポンサーになってくれないかしらん、とムシのいいことを思う今日この頃でした




2015-04-27 : : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

ロシア旅行5日目、セルギエフ・ポサートの祈り。

ロシア旅行はあっという間に5日目を迎えました。
明日が最後の日なんて信じられません。



ホテルの窓から見る、モスクワの夜明け。

今日はモスクワ市郊外の、セルギエフ・ポサートという寺院に観光に行きます。
セルゲイさんという聖人が、森の中に教会を作ったのが始まりと言われるこの地。
セルギエフ・ポサートは、直訳すると「セルゲイさんのいるところ」という意味だそうです。





真っ白な要塞の壁の中に、大小様々な寺院や鐘楼があります。



背の高い鐘楼。
私達が訪れた時期は、ちょうどイースターの後の一週間だったので、各地でミサをしていたのですが、この日もミサの終わりを告げる鐘が鳴り響く時間がありました。
現在も、寺院や鐘楼は普通に使われており、敷地内には黒衣の牧師さん達がおります。結構イケメンが多かったのですが、彼らを写真に撮ることは禁止なので、カメラは向けません。





堂内で聖水が湧き出ている、小さな寺院。聖水、飲んできました







敷地内の教会。
この場所で、今回の旅で、とても大切なことがありました。
セルギエフ・ポサートはロシア聖教の寺院や鐘楼が集まる敷地内で、寺院の一部では、お祈り用のロウソクを扱っています。
観光客でも、寄付と引き換えにそのロウソクを手にして、神様にお祈りを捧げることが出来るのです。
ただし祈る場所は決まっていて、いきている人のための場所と、亡くなった方のための場所は別になっています。

私と家族もロウソクを手にして、亡くなった方のために祈りを捧げる場所で、その灯りをともしました。



今回の旅で、会いたかった人のために祈りを捧げます。

20年前、私達の家で運転手をしてくれていたセルゲイと、メイドだったタチアナ。
2人を探した時、見つからない可能性については覚悟していたけれど、亡くなっているなんて思いもしませんでした。
2人とも、生きていても60手前の若さです。

今回の旅の前、2人を探し出して会うつもりで、どんなお土産がいいか、ロシア語も復習しなくてはと胸をワクワクさせていた私達家族でしたが、捜索の結果、残念ながら2人とも若くして亡くなっていました。

全ての人が、70や80まで生きていられるわけじゃない。
ロシアでは、平均寿命も日本よりだいぶ短いと聞きます。
事実として知ってはいても、現実にそうしたことに直面する機会がなかった私には衝撃でした。

ハンサムで運転が上手くて、口数は少なくても優しかったセルゲイ。
仕事は少し大雑把だったけど、力持ちで親切だったタチアナ。

雇い主の子供に親切なのは当たり前かもしれませんが、2人共、そうした雇用関係を超えて私達家族に尽くしてくれた気のいい人々でした。

そんな好意を湯水のように浴びて受け流していた、子供だった私でした。

長い間会っていなくても、会おうと思えば会えるのだと、何故なんの根拠もなく思っていたのか・・・・。
もっと、日本で2人のことを考えた時に探せばよかった。手紙の一つでも出せばよかった。
結局なんのお礼もできず、二度と会えなくなってしまったことが、ロシアに来て、ようやく腑に落ちてきたところでした。

赤いロウソクに火をつけて燭台にたてます。
私は不器用なので、こういう時必ず手を火傷したりするのですが、上手くつけることが出来ました。
正式な作法がわからないので、手をあわせて目を閉じます。

「神様、ロシア聖教の信者じゃない自分がここでお祈りすることをお許しください。うちで運転手をしていたセルゲイと、メイドだったタチアナ。私達に親切に心を尽くしてくれた2人の魂に安息がありますように。あともし2人がロシア聖教の信者でなかったら、たぶんキリスト教徒なので、イエス様つながりで大目に見てください」

祈って初めて、私が2人の宗教も、本名も知らなかったことに気づきます。フルネームで祈ることができないのです。
ロシアにはセルゲイさんもタチアナさんもやたら多いので、人違いにならないように顔を思い浮かべながら祈りました。

寺院をでると、折からの雨の様子が少し変わっていました。
気温が急にぐっと下がり、空が真っ白になって雪の気配です。
そして数分後。世界はいきなりの、そして全くの雪景色となっておりました。





大きな雪の結晶が風に舞い、タマネギ頭の寺院や鐘楼、石畳を白く染めていきます。

私はロシアに3年半住んでいましたので、モスクワの様々な季節を体験しています。
だけどやはり、一番印象的なのは、雪の舞う冬のロシアです。厳しく長い冬の景観が、この北国には似合います。

雪化粧の風景が、記憶や心象風景と重なって、昔この国に住んでいた頃の時間が、不意にぐっと距離を縮めてきたようでした。
そしてその時間の中には、今は亡きタチアナやセルゲイもいます。

不思議にテンションがあがって、胸の中で(タチアーナ!セルゲーイ!)と呼びながら、少しだけ雪の中を走りました。

「まるで2人が降らせてくれたみたい」と妹が言いましたが、私はそういうことを無邪気に信じることが気恥ずかしくて、その時は素直に頷くことが出来ませんでした。

確かに雪景色のなかで、懐かしい人達の面影が記憶と共に冴え冴えし、近くなったのは感じましたが、雪は自然現象で、ロシアでは4月の中盤でも降ることはあります。

私達家族が、その寺院のある街を去るまで、雪は降っていました。

雪のないモスクワ市内の中心に帰ってきた後のことです。

ホテルの部屋でくつろいでいた時、別室の母から電話がありました。

窓の外を見るようにと。

私と妹が見ると、窓の外の空に、小さめの、でもとてもはっきり見える虹が、小さな旗のようにかかっていました。

妹と並んで虹を見ながら、「挨拶に来てくれたのかな?」なんて話が自然にでます。今度は私も斜に構えることはありませんでした。

窓の外にかかった虹は、私達が気づいてからほどなく、溶けるように静かに見えなくなりました。

雪や虹が2人からの挨拶だったのかは分かりませんし、自分が普段生活してる世界の基準からすると、ちょっとファンタジーじみています。
そんな風に思ったり、まして信じることは子供じみているのかもしれません。

でも私は、あの2人だったらいいなと思っています。

会えてよかったと、思っています。




2015-04-25 : : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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プロフィール

ものを書く縮小 劇作家のモスクワカヌです。
短編・音楽劇・ラジオドラマ・Webコラム等を書いております。 ペンネームの由来は、以前住んでいた某首都+本名。
演劇ユニット「遊戯ヱペチカトランデ」の主宰もしてますが。団体は現在お休み中です。
HP:「遊戯ヱペチカトランデ」
BLOG:「дача берёза ダーチャ・ベリョースカ」
劇団劇作家所属。劇作家女子会。メンバー
お問い合わせはyugi.mw☆gmail.com(☆を@に変えてください)にお願いします。

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前回の公演

遊戯ヱペチカトランデ
第弍回公演

MGトリコロール縮小
Musical
Mademoiselle Guillotine
~マドモアゼル・ギロティーヌ~

strong>2013/9/5(木)~9/9(月)@日暮里d-倉庫
詳細はこちらから。

過去の公演

公演は無事終了しました。ご来場ありがとうございました。

☆作家/演出として参加。

劇作家女子会×時間堂presents
劇作家女子会!
期間:2013年6月13日(木)~16日(日)
※演劇公演です。
会場:王子小劇場
女子会縮小版 劇作家女子会!HP
劇作家女子会!BLOG
遊戯ヱペチカトランデ公演
「The Giris next Door」
~おんなの子、
藪をつつけば、蛇がでる。~


2011年12/8(木)~12/12(月)
公演の詳細はこちらから。

趣向ワカヌ公演
縲発表表縮小版

「発表~いま、ここ。~」
まだ、ゆれてる。

作/演出
オノマリコ モスクワカヌ
演目/出演
リーディング『いま、ここ』
公演の詳細はこちらから。

蜻蛉玉チラシ完成縮小
「蜻蛉玉遊戯」
2010年9/1(水)~9/5(日)
公演情報はこちらから。

☆演出助手として参加。

2013年3月23日~27日
@座・高円寺
世の中と演劇するオフィスプロジェクトM
「ハルメリ2013」
台本:黒川 陽子
演出:丸尾 聡

2011年8月27日~28日
@スペース・ゼロ
非戦を選ぶ演劇人の会
「核・ヒバク・人間」
構成台本:非戦を選ぶ演劇人の会
演出:鵜山 仁

2011年3月9日~15日
@中野テアトルBONBON
オフィスプロジェクトM
「死刑執行人~山田浅右衛門とサンソン~」
作演出:丸尾 聡

2010年12月
北京蝶々「あなたの部品 リライト」
作:大塩 哲史
演出:黒澤 世莉(時間堂)
詳細はこちらから。

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